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東日本大震災【被災④】~復興の兆しと挑戦~ [東日本大震災]

それでは、PL最後の記事を記させていただきたいと思います。




3月12日の朝から自衛隊の給水車(牽引式)が出動しておりました。






自衛隊の人々が本当に力強かったです。


水の為に約2時間並びました。


待望の【水】です!



また初日は自衛隊が被災地支援として来てくれていましたが、日を追う毎に近県の支援車両が増え、初日の一触即発的な住民トラブルもなくなりました。


また、自衛隊も給水車両を出動させ、各配水タンクへ配水できることによって頻繁な水切れがなくなりました。












今日(3/20)は地域住民とサッカークラブ共同による、液状化で噴出した路面の【泥かき】を実施しました。

「泥」を「土嚢袋」へ詰め込み、「口を紐で縛り上げ」て「別の場所へ運ぶ」という4つの仕事をローテーションで計150分間行いました。

陽気も良かったため、徐々に着ている服を脱ぎ捨て、最後の半そでプラシャツまでが大汗で「びっしょり」。


正直、握力がなくなり、スコップ「マメ」が出来てしまいました。



今も住民総出で死力を尽くして、この街を復興しようと努力しています。



こんな状況になってしまった街ですが、やはり大好きです。




またこの街をみんなの力で復興させて、必ずまたみんなでサッカーを楽しくして美味しいお酒が飲みたいと思っています。


それが、この地震で生き残った我々に課された使命です。

絶対にしぶとく。

そして楽しく生き抜いてみようと思います。


亡くなった方々の分まで・・・必ず。



我々は試されているんです。




頑張らなくちゃ。




ふと


顔を上げると、目の前の公園の右端の桜はまだまだ芽吹いていませんでしたが、反対側の「河津桜」は満開でした。






うつむいてばかりでは地面しか見えません。

前を・・・上を向いて頑張っていきます!


3月でPLが終了となります。
最後の記事がこのような内容になってしまうとは思いませんでした。


このような悲しくも辛い出来事がこの日本で起きてしまいましたが、本当に素晴らしい出会いがこのPLでありました。


皆様には大人にしてもらったと思っていますし、心の隙間を埋めていただいたり、精神的に不安定であった時期には心の支えになっていただきました。


感謝しております。

2009年2月12日から足掛け3年。

全記事:785

ログ友さん:21人

特に親しくしていただきましたログ友の皆様、心より感謝いたしております

本当にありがとうございました



またどこかで・・・・


きっと。


明日へ・・・
漕ぎ出せ!!!
日本!!!!!


東日本大震災【被災③】~被災地支援~忍耐~ [東日本大震災]

震災翌日の3/12から断水となりました。

断水も非常に大変です。

しかし、何より問題であったのは、上水道よりも下水道でした。


下水道の破損箇所は市内数百箇所であり、最悪だったのは当マンションの配水管が既に極限状態であり、【これ以上の排水は家庭内への逆流もあり得る】ということで一切の家庭内排水は禁止されたのでした。


そこで、被災地用の簡易トイレが小学校の駐車場に設置されました。


正直、私は剣道をしていた(る)人間です。

裸足でグラウンドを走ったこともあるし、プールのトイレに我慢してでも裸足で入れるような人間です。


そんな私が、このトイレには嗚咽しました。

匂いと細菌の問題なのでしょうか。
消毒薬を散布しているらしく、このトイレを使用したため、洋服が強烈な消毒液(独特の我慢できないニオイです)がとれません。

詳細は記述しませんが、状態と匂いがキツすぎです。


手洗い場は簡易用の貯水袋です。


夜が来ると、教室の電気をつけてくれるのですが、計画停電の際は真っ暗闇になります。


何も見えない汲み取り式のトイレは本当に怖いです。



自宅にも簡易トイレを作成しました。



ウォシュレットも勿論でません。

家族で「小のみ」をすることを認めました。


結局は私が「小」をトレットペーパーに染み込ませ、それをビニール袋に入れ縛ってゴミに出している状態です。


そしてやっと先日マンションの敷地内に簡易トイレが設置されました。


自治会の呼びかけにより一応綺麗に使用されております。


でも、ニオイは厳しいことに変わりはありません。


しかし、本日

足踏み式でブルーの洗浄液が排出され、汚物が流れる和式の仮設トイレが設置されました。

鍵も付いたことだし、ニオイも格段に解消されました。

徐々にグレードアップする簡易トイレに感動しています。



でも、洗濯物は未だにコインランドリーへ。


体は2~3日に一回銭湯に行っています。


どれもこれも大行列です。


移動するにもガソリンが必要です。


でもガソリンがない。



品物もない。



でも、一時的に14~16日の3日間だけ自分の実家に避難していたのですが、そちらのほうが被災地よりモノがありませんでした。



正直言わせてください。



馬鹿げています。




こちら被災地は買占めなど行いません。


必要なのは
・懐中電灯(電気の無い夜は非常に怖く、小さいお子さんは特に不安がります)
・電池
・携帯の充電器(AC&電池)
・ラジオ(情報が無いとどうしたらいいか分からず、パニックになります)
・カンパン(水がなくても食べられて、水分が無いので排尿行為も減ります)
・水
・簡易トイレ
・持病の薬
・サバイバルシート
・レジャーシート
・サランラップ(水がないと洗えないので食品の衛生管理が大変です)
・水袋(5~10リットル用)

こんなものです。

「パン?」「米?」「カップめん?」水やガス、電気がなければ、何も食べれませんよ。

パンだって、長期保存できません。


日本国民よ・・・


何してんだよ・・・。


少ししか被災していない私が偉そうにいえませんが、本当に過剰反応しすぎです。



それによって、本当に被災している方々が苦労しているということを考えてください。





いったいカップめんをどれだけ食べるんですか?


正直・・・・こんな時ですが、あまりに馬鹿馬鹿しくて笑ってしまいます。


2日あれば助けが来ます。

ウチでは1日で給水車が来ました。



この機会に、もう一度考えてください。


大量の荷物を緊急時に運べますか?

自分達だけで貴重な水を温め、カップめんを食べるのですか?


冷静になりましょう。

この三連休は回避されそうですが、被災地で計画停電で苦労してます。

でも、家族でこの震災を振り返るいい機会だと思います。



(つづく)

東日本大震災【被災②】~震災の爪あと~ [東日本大震災]

3/12(土)朝。

あまりの変わり果てたわたしの愛する街に目を疑いました。


公園の駐車場です。
飛び出しているのは、地面のマンホールです。







子供達が通う小学校の裏昇降口です。




現在はいずれも使用できません。


舞浜のTDR近辺を昨日車で通りましたが、尋常ではない状態でした。
(運転中であったため、写真は撮れませんでした。TDLの駐車場の映像ばかりがTVで流されてますが、そんなものではありません。ZED近辺の歩道は斜めに傾き、さながらサーキットのバンク状態です。)


液状化の恐ろしさが伝わるでしょうか。




マンションはこの液状化を避けるため、地下深くに杭を打ち込み、液状化対策を施してあります。

故にマンションの棟同士をつなぐ渡り廊下に破損は見られましたが、建物自体に損傷はほぼありませんでした。


しかし、平置きの駐車場やマンションの敷地内の壁やインターロッキングの道がボコボコになった上に泥水が噴出してしまいました。


また翌日には停電は復旧しましたが、この後他の問題で自体は更に深刻化するのです。


(つづく)

東日本大震災【被災①】~液状化の始まり~ [東日本大震災]

今回の大震災に際し、被災された方。
また不幸にもご本人や身内・知人になくなられた方がいらっしゃる方々に対し、心から哀悼の意を表します。


今回の大震災に際し、多くの方々からご心配のメールを頂戴いたしました。

心より感謝いたします。

おかげさまで家族共に無事です。

ありがとうございました。


ここで震災当日(3/11)を振り返りたいと思います。



3/11(金)当日は平日である事から、本来なら出勤日でした。

しかし、当初予定していた3/9(水)の有給休暇が業務の都合上で休めなくなってしまったため、3/11に振り替えて自宅におりました。

「2人の子供」は学校へ。
「妻」は駅前の塾へ今後の指導方針説明があるために出かけておりました。

私は午前中に小学校で子供のイベントがあったため、学校に見学へ。


サッカーでよく知っているので、奥様方と「何で学校に?(笑)」等と談笑しながら、子供に見学を喜ばれその後帰宅。

近所のスーパーで昼食のお弁当を購入し、昼食後は楽しみにしていた寝室でレンタルしてきたブル-レイの「風の谷のナウシカ」鑑賞を・・・・・




ここで地震が起きました。





地震は怖くない私でしたが、今回は衝撃的でした。

【こ・・・・怖過ぎる!!!た・・・助けてっ!】正直な感想です。


低層階のうえに、くくり付けの棚と耐震ラッチで食器棚は問題ないし、比較的自宅は整然としているため(何度かこのPLでご紹介したように妻が綺麗好きなので、来客はみな「モデルルームみたい」と言っていきます)、押しつぶされるということはありませんでした。

写真たてが2つ倒れたのとリビングの引き出しが全部引き出されただけでした。


「自分の部屋だけがこんなに揺れたのかっ?!」


急いで廊下へ出て、中庭を見下ろすと数人が悲鳴を上げて走って逃げている姿を見ました。


「とりあえず逃げよう!」


もう帰れないかもしれない・・・と思い、スーパーロングのダウンベンチコートを着込み、帽子と手袋をして携帯電話と健康保険証、緊急避難袋をエナメルバックにねじ込んで家を飛び出しました。


マンションの道路にて目の前で液状化が始まりました。
立っている道路が上下に揺れるんです。

まるで海の桟橋にいるかのように・・・










愛する街が壊れていく様は・・・あまりにショックで受け入れ難い現実でした。


急いでマンション前の公園に向かいましたがその公園も液状化。



子供の小学校まで行くと、大きな公園には大勢の避難者。


まもなく子供達が避難してきました。

全員を親へ返還。




子供にも会えました。

駅前に出かけていた妻とは連絡取れなかったものの、約30分以上歩いてその公園まできました。

無事合流。


親御さんが交通渋滞に巻き込まれ、子供を迎えに来れないというので、数名の子供を保護。


その頃、津波警報が発令され公園の高台に数百名で避難するという状況が続き、その後雨がパラつき始めました。


【車で逃げるか?】

いや・・・車で逃げようにも渋滞と・・・。

渋滞に巻き込まれる以前の問題で、駐車場も液状化で駐車場の出口の歩道がめくれ上がり、車が出せない状態でした。




液状化で波を打ったような校庭の小学校へ逆戻りし、体育館で雨風をしのぐこととなりました。



しかし、残念ながら停電の為、日が落ちると暗闇となりました。



就学前の子供達が怖がり、懐中電灯を持っていた私の元には数名の家族が集まり、21:00前には別の地区が停電解消されたためいくつかのマンションの自治会館へ被災したマンションの住人ごとに移動することになりました。


その際、サッカーでいつも家族ぐるみで付き合っている【Aさん】のお宅に幸いにも避難させていただくことになりました。
(この時、このお家では上下水道の制限はなく電気も通ってました)

でも、はじめて小学校の体育館で知り合った「乳飲み子」と「就学前の子供」を抱える「若い奥様」は旦那さんと連絡がとれないらしく、また被災時の恐怖で震えが止まらないという状況であったため、【Aさん】も受け入れを快諾。

【Aさん】宅にはAさん(奥様)とお子さん3名、ウチの家族4名、迎えに来れない親御さんの同級生の子供2名、体育館で知り合った奥様+子供2名の12名の夜を過ごしました。


小さな子供は過敏らしく、TVや携帯で地震警報が鳴ると「またっ?また地震来るのっ?」とおびえながら嘔吐し、軽く痙攣を起こすという症状を繰り返すという不安定な状態が一晩続きました。


翌日それぞれの自宅へ帰宅。


その時

今回の震災の爪あとを目の当たりにしてしまうのでした。


(つづく)

東日本大震災について [東日本大震災]

このたびの東北関東大震災において
お亡くなりになられた皆様方のご冥福を
心よりお祈りいたします。

また、被災された方々におかれましては、
心身ともに疲弊されているかと思います。

未だ厳しい生活が続いているかと思いますが、
頑張ってください。

心より応援いたしております。


皆様こんばんわ。

カピバラ父さんです。


多くの皆様にご心配をおかけいたしました。

メールありがとうございました。


ご連絡が遅れ、まことに申し訳ございませんでした。
被災してしまいました。

東北地方の被害があまりにもひどく目も当てられない現実に戸惑っております。
わたしの住む千葉県は、旭市の被害が余りにもひどくどこの被災地も、本当に辛い現実となっています。

千葉県沿岸部に住むわたしは被災したものの家族も生きております。
問題ありませんでした。



ただし、液状化がひどく生活は大混乱しております。

詳細は別途・・・できれば近々に状況をご報告いたしたいと思います。



思えば、
一昨年にサッカーに目覚め、サッカーに没頭し、救われ・・・。

特にこの数日間はサッカーに励まされた日々でした。

サッカーをやっていて本当に良かった・・・。

【生きていられて本当に良かった】

そう思えた一週間でした。

不幸にもこの大震災でお亡くなりになられた方々のご冥福を心よりお祈りすると共に、その方々が本当は掴むべきであった幸せの分まで生き残った我々は得るために努力をしなければいけないと思います。

とにかく【自分は生きていられることが出来ている】ということの事実をしっかりと受け止め、一生懸命生き続けることが我々の使命だとわたしは感じています。
復興に向けて、小さくてもいいので何か始めましょう。

いや・・・始めてください。

遠い国の話ではなく同じ小さな島国の話です。

お願いいたします。


月末処理お疲れ様でした( 笑) [携帯より愛を込めて(≧ω≦)]

上司と電車内でお疲れ様会です(笑)

新作ですよ〜(笑)

最終日 [携帯より愛を込めて(≧ω≦)]

こんにちは(゜▽゜)/

カピバラ父さんで〜す(笑)


いよいよ最終日ですよ!

フィレオフィッシュ100円


美味しーいですね
O(≧∇≦)o



確か、以前テレビでダウンタウンの松本が「マクドで最強の味」と称賛してました。


フィレオフィッシュのバンズは何故こんなにもフッカフカなのでしょう!
O(≧∇≦)o


定価は高いので、普段は食べませんが、この一〜二週間で半年分は食べた気がします。



明日からは父さんの大好物!
ビックマックが200円です!


餃子とビックマック・・・


悩むなぁ〜・・・(笑)

まったりと・・・ [徒然なる・・・]

こんばんわ

久々にビジネスホテルで一人まったりしてます



となりに10~40代の女性がいたらもっと楽しいのになぁ~
(スラッガー並のストライクゾーン)爆





とある「本」にこう書いてありました。




時には家族や配偶者から離れ、一人になることが大切です。

しかし、その時は友人等と刺激的な行動をするのではなく、

出来るだけ一人で自分の時間を有意義に過ごすべきです。



確かにその通りです。


友人などと合宿で騒いだりすれば、それはただ単に楽しいだけで、家族を振り返ることなどしません。・・・する余裕はなかなかないでしょう。

でも、一人で自分の時間を過ごすことでその楽しみは家族が自分に与えてくれた有意義な時間であり、自分を見つめなおす時間であったことを理解し、かつ家族の温かさや大切さ必要さを感じさせてくれることになります。





妻も夫も再度自分だけではなく、家族の立場に立った【自分の在り方】を考えてみるべきですね。












でも今は、ぼくの話を明け方まで聞いてくれる女の子が欲しいですけど。



(笑)

明日は [携帯より愛を込めて(≧ω≦)]

明後日の朝が早いアポイントの為、明日は群馬県のとあるビジネスホテルに宿泊です!


久々にやっとゆっくりとPLに来れそうです!


夜にお会いしましょう!


因みに自宅パソコンのセットアップがほぼ完了しました。


妻のいなかったこの土日で何とかなりました。


いやいや・・・


やっぱりスゴイですね(笑)

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